ロジスティクス・レビュー

第9号流通再編成によって迫られるバリュー・チェーンの再構築(2002年06月18日発行)

執筆者 加藤 司
大阪市立大学 商学部 助教授
    執筆者略歴 ▼

  • 経歴
    • 1954年 山形県生まれ
    • 1983年3月 神戸商科大学大学院経営学研究科後期博士課程中退
    • 1983年4月 大阪市立大学商学部助手
    • 1988年 同大学助教授
      現在に至る。
    専門
    • 商業,流通論
    所属学会
    • 日本商業学会,日本繊維製品消費科学
    共著書
    • 『ビジネスエッセンシャルシリーズ 流通』有斐閣,2002年。
    最近の主な論文
    • 「流通外資の競争力-その「移転」可能性の問題を考える-」『マーケティング・ジャーナル』1998年。
    • 「SCMの阻害要因としての日本的商慣行」大阪市立大学『経営研究』第51巻第2号,2000年7月。

目次

1.はじめに

 流通業界では近年マイカル、寿屋、ニコニコ堂などが経営破綻する一方で、カルフールなどの流通外資の参入、さらにウォルマートの西友への資本提携によって、国内の企業だけでなく、グローバル企業も加えた流通再編成が一気に加速するような気配である。

というのも、1990年代においてヨーロッパではEU内の通貨統合などによる広域市場の成立を見込んで、また米国では外資の参入とウォルマートなどの低価格を武器とした店舗拡大を背景として、一気に流通再編が進み、食品流通業でいえば、上位5社でドイツ、フランス、イギリスなどのヨーロッパの国々では60%超、国土が広く、全国展開がしにくい米国でも25%へ集中度が高まっているからである。それに対して日本では上位5社でわずかに9%程度であり、グローバル競争によって日本も欧米並みに近づくとすれば、流通再編成は不可避という見方が出てきても不思議はないからである。

 もっとも、外資の参入に対しては専門家の間でも意見が大きく分かれている。渥美氏は、食料品と日用家庭用品は今後国際価格へ向かってさらに価格下落が引き起こされること、そうしたなかで日本企業が生き残りをはかるためにも、ウォルマート社の低価格を実現するローコスト・オペレーション技術とITを活用した緻密な棚割技術とベンダー活用術を学ぶべきだと提言する。

一方、緒方氏は、製造業や金融業と違って商業の世界では「規模の利益」は部分的にしか働かず、米国でもウォルマート社以外でも多様な流通業が存在すると主張する。つまり、最大公約数的な需要に集約される商品では価格競争こそが最大の武器となるが、需要が多様化している市場では多様なニーズを満たす多様な小売業態が存在しうるというわけである。(『商業界』2002年6月号)小稿では、流通再編成の背後にある論理が「規模の経済性」にあること、それを徹底的に追及したのが、チェーンストアというシステムであることを確認する。

しかし、チェーン・システムはメリットとデメリットを併せ持っているために、流通は多様な需要に対応しての多様な企業や多様な業態から構成されると考えられる。多様な需要のどこを「切り取る」か、そして切り取ったバリューを消費者と接する小売業だけでなく、卸売業、物流業、さらにはメーカー、資材の供給業者まで含んだバリュー・チェーンとして、どのように提供していくかという「戦略」的発想があらためて必要になっている点を強調したい。

2.「アライアンス」マネジメントの能力

 ところで、「流通の再編成」の背後にある論理は「規模の力」あるいは「規模の経済性」といってよい。そしてチェーンストアというのは、工業経営における「規模の経済性」の論理を流通に適用したものである。しかし日本では、大規模小売店舗法の出店規制もあって、チェーンストアといっても、「標準化」された店舗の多店舗展開というよりも、店舗数の拡大という意味合いが強かったように思われる。

というのは、わが国では最初に出店ありきで、店舗の品揃えなどを市場環境に合わせて変えていくのが一般的であった。他方、米国では店舗のフォーマットを確立して、それに適した類似市場へ出店していくという方法がとられた。もともと1920年代の米国で発展したチェーンストアは、多店舗展開することによって販売力を増大させ、それをテコとして仕入れ価格の引き下げを実現した。

しかし、単なる規模ではなく、チェーンはやがて「1店舗の時から百店舗のことを考える」と言われるように、店舗の標準化、標準化した店舗の多店舗展開、本部による店舗の集中管理といった「システム」化を実現して、いわゆる店舗運営コストを引き下げ、競争力を高めることに成功したのである。そうしたチェーン・システムの経済性を最も高度に実現した企業のひとつがウォルマートであり、それゆえに同社が日本市場へ参入すれば、淘汰される企業が続出することが懸念されるのである。

 もっとも、小売業は本来地域密着であり、ドメスティックな産業であるから、ウォルマートといえども、日本市場でシェアを拡大できるわけがないという意見もある(イトーヨーカ堂の鈴木会長が代表的論者)。事実、昨年の4月に鳴り物入りで出店したカルフールは、当初の予想に反して業績が伸び悩んでいる。

流通外資は、たとえそのフォーマット=業態が本国で競争力をもつとしても、進出国では必ずしも競争力を発揮できない場合がある。というのは、流通外資が得意とするチェーン・オペレーションは、店舗の標準化、オペレーションの標準化、とくに従業員の作業のマニュアル化によってコストを切り詰める方法であるが、本国と同質的な市場へ参入する場合には、いわゆる本国のやり方をそのまま当てはめる「標準化」戦略をとることができる。しかし、社会経済的環境が異なる異質な市場へ進出する場合には、進出先国の環境への「適応」問題が発生するのである。

 例えば品揃えについても、国や地域を越えて最大公約数的な需要に集約される、いわゆる「マス」商品では価格競争こそが最大の武器となるため、グローバルな調達能力をもつ流通外資が競争力をもつ。しかし、国や地域によって需要が多様化・個別化している商品については、地域密着型の企業が発展する余地は十分残されているのである。

3.Porterの競争優位の戦略

 これらのグローバル・リーテーラーが採用する低価格戦略に対して、多様な業態が存在しうるという事実は、M.E.PorterのCompetitive Advantage (1985)という著作を想起させる。Porterは、この著作の中で、企業は顧客に対してより安い価格で財・サービスを提供するか、他社よりも価格が高くてもそれを償って余りある価値(value)を提供することによって、業界で確固とした地位を獲得するという「競争的優位性」の概念を提示した。前者がコストリーダーシップ(cost leadership)であり、後者が差別化(differentiation)戦略である。

 1980年代と言えば、米国の製造業は国際的競争力を喪失し、日本の自動車産業におけるジャストインタイム方式を学習することによって、それを「リーン生産」としてシステム化するなど、競争力の回復に向けた様々な試みがなされていた時期であった。

そうしたなかで、企業の競争力の分析しようとしたPorterのバリュー・チェーンの考え方は、その後に発展するBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)や繊維・アパレル業界でのQRの取り組み、そして食品業界でのサプライヤーと食品スーパーとの協働の取り組みによるECR、さらにこれらを包摂するようなSCMといった考え方と無関係ではないように思われる。もっとも、Porterのバリュー・チェーンは、必ずしもITの導入が前提となる概念ではない。

そういう意味では、QR、ECR、SCMはいずれもITの発展によってはじめて可能になる経営手法であるが、基本的にはほぼ同じ考え方であることは間違いない。むしろ、企業のとるべき「競争戦略」が重要であって、ITはあくまでもその手段に過ぎない点を示唆しているという点で、「原点」に近い概念である。つまり、企業は顧客に対して他社の提供できない独自の価値を提供するために、どのような業務プロセスを構築するかという問題が重要であったとすれば、企業の競争的優位性は何かを再認識するためにも、バリュー・チェーンという用語は今後企業にとってキーワードとなるのである。

 ところで、わが国では米国で開発された考え方を導入する動きがみられたが、QRは本来の意味を逸脱して単なる短納期対応(quick delivery)に曲解され、またSCMはどちらかと言えば、生産者が生産した製品をいかに効率的に消費者まで流通させていくかが課題であるように理解されているのに対し、ECRは小売業の論理を考え方として、しばしばメーカー主導のSCMとは対立する。

さらに最近では、店頭の売れ行き情報を川上と「共有」することによって、迅速な商品補充によって欠品と売れ残りの両方を削減するデマンド・チェーンという「新しい」用語も登場している。いずれにしても、多様な用語は本来同じ意味であるにもかかわらず、混乱をもたらす恐れがあるということ、そもそも原点は顧客に対して他社の提供できない独自の価値を提供するために、どのような業務プロセスを構築するかという問題であったとすれば、企業の競争的優位性は何かを再認識するためにも、バリュー・チェーンという考え方が重要になるのである。

4.バリュー・チェーンの再構築

 Porterのバリュー・チェーンは、企画、生産、マーケティング、物流といった一連の業務プロセス全体を通じて、それぞれの企業は顧客に対して何らかのバリューを提供していると認識するとともに、このバリュー・チェーンのどの部分で競争的優位性を生み出しているのかを分析し、実践するためのツールを提起したところに、「価値」がある。

つまり、これまでは戦略とそれを実施する方法とが別々に議論されてきたが、戦略をどのように具体化するか、どの部分に力を入れるか、あるいはある部分とある部分との「連携」を巧みに行うことによって、コストを引き下げたり、新しい付加価値をつけることができるかを分析することが可能になるのである。この点をダイソーを例を挙げて説明することにしたい。

 100円ショップは、単に価格が安いだけでなく、百円と均一価格商品のなかで「これも百円か」といった新しい発見の喜びを与える売場である。効率的に商品を調達するというよりも、そこは発見の喜び、時間つぶしなどを含めた「つかの間のレジャーランド」といったコンセプトが相応しい。百円ショップは、小売業態の発展からすると、米国のウールワースが創業したバラエティ・ストアに属する。

バラエティ・ストアの競争力は、一定の価格帯のなかでいかにその品揃えのバラエティを増やすかにある。このバラエティを増やすためにダイソーや米国のチェーンストアがとった手段は、多店舗展開によって、販売量を増やし、それをテコとして供給業者に対し、仕入れ価格の引き下げを要求することであった。製品を中国で生産することによってコストを引き下げているだけではない。例えば、コンテナ単位での発注など、「半端ではない」発注数量に増やすことによって、著しいコスト引き下げを可能しているのである。

 もちろん、発注量を増やせば仕入れ価格は引き下げられるとしも、他方では大量の商品を「売り切れる」かというリスクも増大する。ダイソーのように、オーナーが商品の発注量について責任を負う場合はともかく、大手量販店の場合は分業体制によってバイヤーに発注権限が与えられている。しかし、売り切れによる機会ロスが発生しても、売れ残りのように「目に見える」形で在庫ロスが発生しないために、どちらかと言うとバイヤーは機会ロスよりも売れ残りロスを極力回避する発注行動をとりがちである。

 しかし、リスクを他社に転嫁することは、仕入れ価格が高くなり、思い切った価格の引き下げができないという「ジレンマ」を抱え込むことになる。大量発注によって思い切った価格の引き下げを断行するか、それともリスクを回避するかは、小売業にとっては重大な意志決定であり、オーナー社長ならではの「リスクへの挑戦」がダイソーの独自のバリュー・チェーンの構築に成功していると言えよう。

5.おわりに

 ウォルマートがわが国に参入する場合、スーパーセンターなのか、食品スーパーのネイバーフッドマーケットなのか、不明である。いずれの形態であれ、ウォルマートが圧倒的な低価格を「売り物」にする小売企業であることは明確である。しかし、それは同じく「低価格」を志向する100円ショップの業態とは直接的競争関係が発生するとは思われない。なぜなら、100円ショップの「切り取る」マーケット=消費者のニーズは明らかに他の業態とは異なっているからである。まさにPorterの言う、差別化された独自のバリューを提供しているのである。

 もちろん、100円ショップがチェーン・システムを基礎にしている以上、販売している商品は最大公約数的な需要に集約されるマス商品である。言うまでもなく、消費者需要にはマス商品では「満たされない」多様な個別化需要も存在している。チェーン・オペレーションを徹底した小売企業や小売業態が発展し、集中度が高まれば高まるほど、そうしたシステムでは「吸い上げられない」個別化需要もまた先鋭化するに違いない。

国や地域によって多様化・個別化している需要に対応する「地域密着型」の企業が発展する余地は十分残されている。問題は、そうした需要のどこを「切り取る」か、そして切り取ったバリューをどのように提供していくか、バリュー・チェーンの再構築が、競争が激しくなるなかで、求められているのである。

以上



(C)2002 Tsukasa Kato & Sakata Logics,Inc.


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