ロジスティクス・レビュー

第8号e-ビジネスのための組織的課題(2002年06月04日発行)

執筆者 平野 雅章    
早稲田大学 アジア太平洋研究センター教授
    執筆者略歴 ▼

  • 経歴
    • 1949年 藤沢市出身。
      東京工業大学工学博士(システム科学)、
      ロンドン大学 BSc (Economics) 他取得。
    • 1983年 早稲田大学システム科学研究所およびビジネススクール 助手
    • 1996年 同教授
    • 1998年 早稲田大学アジア太平洋研究センターおよびビジネススクール教授
      現在に至る。
    委員など
    • 経済産業省・国土交通省・文部科学省・OECD・ISO等の委員・アドバイザー
    • 経営情報学会・日本科学技術連盟等の理事・委員を歴任
    研究分野
    • 経営情報学、国際経営、アートマネジメント
      (個人と組織の合理性、情報技術の戦略的活用に興味を持つ)

目次

 情報産業に属していようがいまいが、また e-コマースを実施していようがいまいが、今やあらゆる事業が e-ビジネス化しつつあると言える。すなわち、自身のオペレイションやビジネスパートナーとの関係において、情報技術に依存する要素がますます増加しているのである。しかしながら、すべての企業が順調に e-ビジネス化できているわけでないことは周辺の観察から明らかで、e-ビジネス成功のためには、幾つかの組織能力が必要であると考えられる。

 まず、基本的な事業プロセス(例えば、ロジスティックス)の能力が必要であることはいうまでもない。情報技術はあくまでもツールであり、事業プロセスに関する固有能力を欠く企業が、情報技術投資によって e-ビジネスに成功することはあり得ない。さらに、これほど明確ではないものの、既存企業が e-ビジネス化するときに、幾つかの重要な組織能力が追加的に必要とされる。e-ビジネスオペレイションにおいては、情報技術への依存度が格段に高くなるため、これらの追加的に必要とされる組織能力はすべて、情報技術の事業的・組織的特性に起因するものである。

1.「技術」マネジメントの能力

 マイクロソフト社のゲイツ氏は1995年の段階でインターネットの重要性に気づいていなかった(例えば、当初の Windows95 にはインターネット関係のソフトはバンドルされていず、パソコン通信であるMSN へのアクセスソフトがバンドルされていた)が、同年暮れに見方を変え、資源を集中して1年間で業界の進度に追いついたと云われる。この挿話は、マイクロソフトが如何にフレキシビリティーを持った優れた企業か、ということの事例として語られるのだが、通常の組織では技術の大きな動向を読み間違えると致命的な結果になりかねない。

 e-ビジネスのオペレイションは当然に情報技術に依存する部分が多いが、情報技術の進展は急速なため、自社の事業プロセスに関する最適な情報技術ソリューションは常に変化している。したがって技術動向に常に注意を払い続けながら、短いサイクルで技術評価を繰り返さねばならない。しかしこの評価が技術偏重に陥らないためには、技術そのものの可能性を観る IT 部門の目と、技術がビジネスに与えるインパクトや可能性を観る事業部門の目の両者が不可欠である。この技術にも偏らず事業にも偏らずバランスの良い目配りができるための組織構築には特に工夫が必要であり、組織学習の深さと効率が競争優位性の源泉となる。また、この技術マネジメントの機能そのものもアウトソースするかどうかについては、相当に慎重な検討が必要であり、一般的には CIO 機能は社内に持つべきであろう。

2.「アライアンス」マネジメントの能力

 Xerox 社は限られた IT 関係要員を将来に向けての情報基盤整備に宛てるために、1993年の11月にレガシーシステムの管理・運用をアウトソースすることに決め、1994年6月にに EDS 社と総額320億ドル・10年間にわたる契約を結んだ。この契約は、19ヶ国におよぶ情報システムを含み、1900人の要員と1億7000万ドルの資産が Xerox から EDS に移籍された。実施に当たっては、両社からの選抜メンバーでプロジェクトチームを作り、綿密な交渉と信頼感の醸成・周到な準備を経て、アウトソース関係が結ばれた(Davis: 1995)にもかかわらず、5年後にEDSと係争の事態になった。アウトソース契約時には理想的なアライアンス考えられていたにも拘わらずである。

 ネット経済によりレイヤー化したビジネスモデルが可能になってきている(Evans and Wurster: 2000)。勿論、ネット経済は垂直統合的なビジネスモデルをも可能にしているのだが、全ての機能を自社で内包することは必ずしも最適でなく、サポート機能までを含めれば、顧客からはシームレスなヴァーチャル組織に見えるようなオペレイションをパートナー企業と連携して行う必要性は、従来に比較してますます増加している。

 このように、技術的・組織文化的に適切なサプライヤー・チャネル・アウトソーサー等を選別した上で、これらと緊密な連関を取りながらオペレイションを運用していく「アライアンス」マネジメントの能力は、自社がヴァリューチェインの中の置かれた位置に拘わらず不可欠となりつつある。

3.「プロジェクトのポートフォリオ」のマネジメント能力

 情報技術の進展が速いことと、e-ビジネス事業の情報技術への依存度が高いことから、短いサイクルでの擬最適ソリューションの構築が要求される。その結果、既存の企業が e-ビジネス化すると、常に短期・長期・大規模・小規模の複数の情報技術関係プロジェクトを抱えて、これらを同時並行的にマネジすることになる。個々のプロジェクトは、以下の二つの次元で特徴づけられる。

  • 事業との関係:当該プロジェクトは事業にとって、既存サービスの維持・向上の意義を持つのか、革新的価値を提供する目的を持つのか?
  • プロジェクトライフサイクルのステイジ

 プロジェクトと事業との関係により、またライフサイクルのステイジ毎に要求されるマネジメントスキルの特性が異なる(例えば、Greiner (1998) のモデルを敷衍すると、ライフサイクルステイジに応じて
 [創造性>>方向性>>委譲>>統合>>協働]
のように、必要とされるスキルが変化する)。

ところが、多くの組織においては、これらの要求されるすべてのスキルを一定水準以上に持つプロジェクトマネジャーの数は有限であり、しかも情報技術プロジェクトだけでなく事業そのもののプロジェクトも存在するので、限られた数のプロジェクトマネジャーを有効に活用しつつ、新人も育成しながら、いかに多数のプロジェクトのポートフォリオをマネジしていくかということが課題となる。

 現在までのプロジェクトマネジメントの考え方では、一人のプロジェクトマネジャーがあるプロジェクトのライフサイクルの最初から最後まで通してマネジするのが通常であるが、これからは、プロジェクトによってはライフサイクルのステイジ毎に要求されるマネジメントスキルに優れたプロジェクトマネジャーを順番に割り当てる制度と組み合わせて運用することが必要となろう。有限の人的資源の下で、多数のプロジェクトの平均的完成度を高めながら同時にマネジするためには、プロジェクトをポートフォリオで考えてマネジすることが不可欠である。

4.「多様性」のマネジメント能力

 ほんの10年程度以前までは、組織のマネジメントとは、(多かれ少なかれ)定型的な業務をこなす長期雇用者を対象としていたと云える。勿論、業務に高度の不確実性を伴う研究組織のマネジメント等は研究されていたが、むしろ例外として取り扱われてきたと云えよう。また、情報システム関係要員や警備員等は勤務体系が異なることから、やはり例外として多くの組織では別の雇用体系とするか、アウトソースされてきたのである。

 組織をその「成員構成の安定性(安定・不安定)」の軸と「課業の確実性(確実・不確実)」の軸で見ると、図のように4つのタイプの組織が存在することになる。

 タイプ I は課業は確実・組織成員は安定の伝統的組織(従来の組織論の中心課題)である。
 タイプ II は、課業は確実ながら組織成員は不安定で常に交代しているような組織で、多くのパートタイマーから成るファーストフードチェイン等がこれに当たる。
 タイプ III は、伝統的な企業の研究所などが好例で、課業は不確実ながら組織成員は安定している。最近の情報技術産業では、技術進展が速いので課業は高度の不確実性を伴うが、組織における人の出入りも激しく組織成員は不安定である。組織成員の希求や価値は、それぞれのタイプ毎に異なるので、適合的なマネジメントスタイルもタイプ毎に異なる。

 従来の組織はこれらの4つのタイプのうち、1つかせいぜい2つのタイプを内包するだけであったが、現在のe-ビジネス組織ではこれらすべてのタイプを同時に、しかも無視できない規模で抱えるようになっている。情報システムは、かつてのような単なるサポートではなく事業の根幹に関わるようになっている。

しかし、情報技術要員は情報技術産業のエトスにしたがって行動するので流動性が大きい。また、多くのプロフェッショナルサービス(例えば、法務・会計等)はフリーランスの契約社員によって実行されるようになっているが、これらのプロフェッショナルサービスの課業確実性は大きいものの、契約社員の流動性も大きい(タイプ II)。さらに従来型の研究企画チーム(タイプ III)も維持する必要があるかも知れない。

したがって、 e-ビジネス組織は、従来組織とは比較にならないレベルの組織多様性を内包しているのである。当然ながら、このような多様な組織のマネジメントには高度の洗練性が要求されるのである。

5.結語

 以上簡単に観たように、e-ビジネスは今日不可欠の要請であるが、その成功のためには、固有の事業プロセス能力の他に、微妙ではあるが高度の組織能力が必要である。これらの新たに必要とされる組織能力を同定し、経験を通じて学習曲線を競合より速く降りるべく努めることが肝要である。

以上


 【引用・参考文献】
  • Christensen C.M. and M. Overdorf (2000), “Meeting the Challenge of Disruptive Change”, Harvard Business Review, Mar-Apr 2000
  • Davis, K. (1995), Xerox: Outsourcing Global Information Technology Resources, Harvard Business School case 195-198
  • Evans, P. and T.S. Wurster (2000), Blown to Bits, Harvard Busienss School Press
  • Greiner, L.E. (1998), “Evolution and Revolution as Organizations Grow”, Harvard Business Review, May-Jun 1998
  • Hamel, G. (1999), “Bringing Silicon Valley Inside”, Harvard Business Review, Sep-Oct 1999
  • 平野雅章(2000)ネットトランジションの戦略的課題、経営情報学会2000年春季全国研究発表大会予稿集(2000年6月10-11日、野田市、東京理科大学)pp.158-161
  • Hirano, M. (2000), Strategic Challenges of e-Competition: Transition from Brick-and-Mortar to Click-and-Mortar, The Third Asia-Pacific Regional Meeting of Decision Science Institute (APDSI) (24-26 July 2000, Waseda University, Tokyo)
  • 平野雅章(2000)ネットトランジションの組織的挑戦、経営情報学会2000年秋季全国研究発表大会予稿集(2000年10月20-22日、岩手県岩手郡滝沢村、岩手県立大学)pp.268-271
  • Hirano, M. (2001), DoCoMo and i-mode, Waseda University Business School case
  • Hirano, M. (forthcoming), Zara, Waseda University Business School case
  • Robbins, S.P. (2001), Organizational Behavior (9th ed), Prentice-Hall



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