ロジスティクス・レビュー

第45号延期・投機戦略とサプライチェーン・ロジスティクスの最適化(2003年12月11日発行)

執筆者 竹田 賢
青山学院大学 経営学部 助教授
    執筆者略歴 ▼

  • 略歴
    • 1996年03月 青山学院大学理工学研究科経営工学専攻
      博士後期課程所定年限修了
    • 1996年04月 青山学院大学理工学部経営工学科助手
    • 1999年04月 青山学院大学経営学部専任講師
    • 2001年04月 青山学院大学経営学部助教授
      現在に至る
    • 2000年09月 博士(工学)の学位取得
    研究
    • シミュレーションを用いたサプライチェーン・システムの設計と評価に関する研究に従事
      特に,製薬業界におけるサプライチェーン再構築に関心
    委員・所属団体等
    • 社団法人日本ロジスティクスシステム協会
    • ロジスティクス環境会議 特別メンバー

目次

1.はじめに

近年,製造業ではサプライチェーン・マネジメント(SCM;Supply Chain Management)の実践が一つの重要な経営課題になっている.サプライチェーン・マネジメントは,顧客価値創造のためのマネジメント・テクノロジーの総称であり,供給会社,製造業者,工場倉庫,卸,小売,顧客をつなぐサプライチェーンとデマンドチェーンの効率化をはかり,顧客満足の最大化を目的とした経営手法である.サプライチェーン・マネジメントが求められる背景として,次のような経営環境が挙げられよう.

経営のスピード化
マス・カスタマイゼーション(mass customization)とコスト削減の両立
製品ライフサイクルの短縮に対する対応
キャッシュフロー経営,時価会計

これらの経営課題を解決するためには,一企業内における調達,生産,物流など,特にモノに関する経営機能を統合したロジスティクス活動をサプライチェーン全体に展開するサプライチェーン・ロジスティクスの最適化が重要である.

本稿では,生産・流通プロセスの構造を説明するための考え方として古くからマーケティング分野で用いられている延期(postponement)と投機(speculation)の原理を取り上げ,それらを融合した戦略(以後,延期・投機戦略と略称する)がサプライチェーン・ロジスティクスの最適化に役立つことを示す.また,サプライチェーン・ロジスティクスの最適化には,物流の基本機能である包装や流通加工が今まで以上に重要となる点を述べる.

2.延期・投機戦略

投機戦略は最終製品の需要予測を行い,実需が確定する以前に計画的に最終製品の生産と物流を行うやり方である.この戦略では見込み生産の形態を取るため,大量生産による規模の経済性を確保しやすく,また顧客に製品を納入するためのリードタイムが短くて済むというメリットがある.ただし,予測と実需が乖離した場合には,製品ライフサイクルが短い製品に関しては,製品在庫がデッドストックとなる危険性が高い.

一方,延期戦略は最終製品としての特徴を付加する時期をできる限り遅らせるものであり,基本的に受注生産の形態をとる.この場合は顧客ニーズに適合した製品を生産するため,売れ残りによるロスや欠品による機会損失は排除されるが,一般的に納入リードタイムが長くなる.このように,投機戦略と延期戦略は対極的な関係にあるため,どちらか一方の戦略では先に示した~の経営課題を同時に解決できない.実際,多くの製造業では,部品や中間製品などは予測に基づいてあらかじめ生産を行い,最終製品は顧客の注文を受けてから中間在庫を用いて対応するといった見込生産と受注生産の中間的なやり方を採用している.つまり,延期と投機を融合した原理に基づいて顧客に対応しているのである.今述べたようなサプライチェーン上における投機と延期の分岐点はデカップリングポイント(Decoupling Point)と呼ばれている.デカップリングポイント設定の原則は,カスタマイゼーションに要する時間が顧客からの要求納期に等しいか短くなる在庫ポイントをサプライチェーン上で見つけることである.

3.延期・投機戦略の効果

延期・投機戦略の効果を具体的に説明する前に,延期・投機戦略によってビジネス・プロセスを再構築したベネトン社の例を見てみよう.図2は,ビジネス・プロセスを変更する前のやり方を表したものであるが,デカップリングポイントは最終製品に設定され,完全な投機戦略で顧客に対応している.この場合の問題点は,流行に左右されやすい色の決定が生産プロセスの上流で行われている点である.そのため,ビジネス・プロセスの変更に際しては染色工程と編立工程の順序を逆転し,染色が施されていない中間製品を見込みで生産し,製品は流行色が決まった段階で中間在庫を用いて生産し,短いリードタイムで顧客に対応する体制を確立して成功を収めたと言われている(図3).

ビジネス・プロセス変更後における注目すべきポイントは,原材料,中間製品,製品の関係が種類に関して1:N:Nではなく,1:1:Nになっていることと,デカップリングポイントの位置が最終製品から中間製品に変更されている点である.この変更によって次のような効果が同時に期待できる.

1) 投機戦略に該当する原材料から中間製品の生産においては,大量生産によるコストメリットが享受できる点
2) 複数種類の最終製品に共通する中間製品を定義し,さらに中間製品にデカップリングポイントを設定することによって,需要量(ここでの需要は製品ではなく,中間製品であることに注意)の安定化による在庫量の削減と,短期間で顧客の要求仕様にあった製品にカスタマイゼーションできる点

それではここで,2)の需要量の安定化による在庫量の削減について,簡単な数値例を示したい.

例えば,原材料,中間製品,最終製品がそれぞれ1種類,1種類,5種類(製品A,B,C,D,Eとする)であり,原材料から中間製品,中間製品から最終製品までのリードタイムがそれぞれ3日,2日,最終製品に対する顧客の要求納期が3日であるとしよう.各製品の需要量に関するデータが10日分利用できたと仮定すれば,各製品の需要量を合計した量が中間製品の需要量になる.つまり,表1において1日目の各製品の需要量である11,18,36,24,45を加算した134が中間製品の需要量となる.このようにして10日分の中間製品の需要量が計算でき(緑の網掛け部分),製品と中間製品の需要量に関する平均,標準偏差,変動係数(標準偏差を平均で除した値)が求められる.ここで,製品と中間製品の需要量に関するバラツキを相対比較する指標である変動係数に着目すると,中間製品の値は各製品の値よりも小さくなっている.これは,製品に比べて中間製品の需要量が安定していることを表している.このような中間製品の持つ組み合わせ効果によって中間製品需要が安定する現象は,統計学的に中心極限定理を用いて説明できるが,ここではその詳細については省略する.

次に,戦略の違いによって在庫量がどれぐらい異なるか式(2)を用いて計算してみよう.

まず始めに,顧客の要求納期の3日を活用しないで最終製品にデカップリングポイントを設定した場合(投機戦略),製品の安全在庫量は黄色い網掛けの値となる.

一方,顧客の要求納期を利用して中間製品にデカップリングポイントを設定した場合(延期・投機戦略),中間製品の在庫量は372となり,製品在庫量と比較して大幅に在庫が圧縮される結果となる.

このように,最終製品に共通する中間製品の定義と,中間製品にデカップリングポイントを設定することによって,顧客に対する即応性,需要の質的変化に対する柔軟性,さらには企業における収益性を同時に実現できるため,延期・投機戦略は1.で述べた課題解決のための有効な考え方と言えよう.紙面の関係上,数値例では需要量データや原材料,中間製品,製品の種類数が少ない場合を説明したが,特に,原材料,中間製品,製品の関係が組み合わせ効果を持つような構造になっていれば,規模に関わらず先に述べた効果が得られる.

4.サプライチェーン・ロジスティクスの最適化に向けて

前章では,ベネトン社の例を参考にして,延期・投機戦略の有効性について説明した.この原理をサプライチェーン全体に適用すれば,サプライチェーン・ロジスティクスの最適化のための有効な方法となり得る.つまり,デカップリングポイントの位置が工場以外の物流センター,卸,小売にあった場合には,その場所において顧客の要求に適合した製品に仕立てて出荷することで,サプライチェーン上に滞留する無駄な在庫を圧縮できる.流通段階で生産行為を行う流通加工(Distribution Processing)は古くから知られているが,サプライチェーン・ロジスティクスの最適化を目的として戦略的に実施するという意味合いはこれまでなかった.流通加工が制度的に行なわれれば,例えば包装作業を効率的かつ効果的に実施するための製品モジュール化(これは,マス・カスタマイゼーションにも有効である)や簡易包装などの工夫が必要となる.また,RF-ID(Radio-Frequency ID)が製品に埋め込められれば,精度の高い製品情報を物流情報システムやWMS(Warehouse Management System)で共有することによって製品のトレーサビリティが向上し,サプライチェーン・ロジスティクスの最適化に役立つ.

物流機能の中ではこれまで,輸配送の効率化に関して積極的な取り組みがなされ,研究面においても,巡回セールスマン問題(Traveling Salesman Problem)などを題材として,巡回ルートを最適化するための手法の開発が試みられている.最近では,GPS(Global Positioning System)などのITS(Intelligent Transportation System)を用いて輸配送をダイナミックに計画,統制できるようになっている.また,共同配送や求荷・求車システムの活用を通して積載効率を高める工夫も行われている.これらの取り組みによって,式(2)のリードタイム の値が小さくなり,在庫圧縮に繋がる.ただし,ここで忘れてならないのは,在庫圧縮にはリードタイムの短縮だけでなく,需要のばらつきを小さくことが肝要である点である.本稿で述べた延期・投機戦略とデカップリングポイントを活用して需要のばらつきを抑え,顧客ニーズに適合した製品を迅速かつ少ないコストで提供する取り組みは,今まで以上に多くの企業で今後検討されるであろう.その場合,流通加工や包装機能は,輸配送機能とともに重要な役割を果たすことは疑う余地のない所である.

5.おわりに

これまで述べてきたように,延期・投機戦略は,在庫圧縮とマス・カスタマイゼーションを両立する点で効果がある.しかし一方では,包装や流通加工の高機能化・高付加価値化など,戦略変更に伴うコストアップ要因も多々ある.したがって,延期・投機戦略を実際に実行するには,サプライチェーンの観点でコスト削減が可能かどうかをシミュレーションなどの方法によって事前評価する必要がある.その場合,物流部分のコスト把握とコスト削減が重要なポイントであり,サプライチェーン・ロジスティクスの最適化において,物流が果たす役割は極めて大きいと言える.

以上



(C)2003 Ken Takeda & Sakata Logics,Inc.


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