ロジスティクス・レビュー

第320号 市場志向とサプライチェーン・マネジメント (2015年7月21日発行)

執筆者  猪口 純路
(小樽商科大学大学院アントレプレナーシップ専攻准教授)
    執筆者略歴 ▼

  • 略 歴
      小樽商科大学商学部卒、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程単位修得退学、広島市立大学国際学部講師、同学部および同大学院国際学研究科准教授を経て、2012年4月より現職。マーケティング論、流通システム論を専門とし、近年は特に小売企業、アパレル企業を対象として、市場志向に関する調査、研究を行なっている。

目次

はじめに

  「どこの国のどの産業でも企業の経営成果を高める方法がある」と聞かされると、読者の皆さんは驚かれるのではないだろうか。無論、例外もあるし、経営成果の一部分しか説明できないものの、様々な国々と産業を対象とした研究によって、「市場志向」である企業の経営成果は概して高いことが分かっている。さらに、企業の「市場志向」は、サプライチェーン・マネジメント(以下、「SCM」)に影響を与えることも知られている。企業が「市場志向」であるかどうかで、SCMや経営成果の成否が方向づけられる、という話である。ロジスティクスと経営に関心をお持ちの読者の皆さんにとっては、捨て置けない話ではなかろうか?

1.市場志向とは

  Kohli & Jaworski (1990)によると、市場志向とは「既存もしくは将来の顧客のニーズに関するマーケット・インテリジェンスの組織全体での生成,その部門を越えた普及,組織全体での反応である(p.6)」と定義される(図1参照)。要は、市場に関する「使える情報」を、全社的に生み出し、共有し、それを使って新サービスや新製品開発、価格設定、プロモーション、チャネル・マネジメントなどを行なっている企業を指して「市場志向が高い」と言う訳だ。

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  市場志向を実現するために、強調しておきたいことが2つある。第一に、単に情報を集めるのでなく、マーケティング意思決定に有用な知識であるマーケット・インテリジェンス、つまり市場に関する「使える情報」を生成できるような方法で、情報収集と分析をおこなうこと。第二に、市場に関する「使える情報」は、マーケティングを担当する部門だけでなく、開発、生産、配送など、複数の部門間で共有と活用をする方法を持つことだ。

(1)市場に関する「使える情報」の生成
  市場情報の収集と分析を抜きに企業経営が可能であろうか?それらを完全に無視して、顧客満足を高めることや、企業間の競争に勝ち抜くことは困難だろう。したがって、規模の大小や業種を問わず、多くの企業において、営業部門やマーケティング・リサーチを担当する部門によって、顧客ニーズや競合企業の動向に関する情報収集・分析が行われることは、当たり前のようになっている。
  しかし、そうして収集された情報が、「使える情報」になっているのも当たり前かというと、そうでもなさそうだ。「データの蓄積は進んでいるが、それをどう利用すれば良いか分からない」と聞くことは、決して珍しくないからだ。収集された情報の多くは、そのままではマーケティング上の意思決定に利用できないため、利用目的に応じた情報収集と分析の方法が必要となるが、そのための経営資源や仕組を持たない企業が少なくなさそうだ。
  そのような中にあって、「使える情報」を生み出すのが上手い企業として紹介されるのが、アスクルと花王だ(嶋口・石井・黒岩・水越, 2008)。
  オフィス用品の通信販売を行うアスクルでは、既存顧客である事業所の属性は予め分かっていることから、その情報と売上データ、問い合わせや苦情データ、顧客へのアンケート・データ、訪問調査データの4種類のデータをかけ合わせることで、地域や業種、オフィスのタイプといったセグメント特有のニーズや共通のニーズを分析し、新製品開発の優れたアイディアを生み出している。
  花王では、市場調査のために独立した専門部署を設け、ブランド・マネージャーが意思決定を行う際には、必ずこの部署に市場調査と分析を依頼し、その結果を利用することが義務化されている。市場調査のタイミングは、新製品コンセプト開発、プロトタイプ評価、パッケージやネーミングの決定、売上予測、市場投入後の事後的評価と検証など、マーケティングの各段階に及ぶ。専門部署による調査と分析が、定められた各段階において繰り返し行われることで、調査・分析方法の標準化が進み、効率化や分析の精度が高められていると言う。
  これらの事例から学びたいことは、「何のために使うのか」という目的を明らかにした上で市場に関する情報を収集し、目的に応じた分析方法を持つことで、「使える情報」を生み出すことだ。上記2社ほどのことができなくとも、情報収集・分析の目的を明らかにし、シンプルでも良いのでその目的に応じた仕組を持つことで、集められた情報は「単なる蓄積されたデータ」から「使える情報」となるし、仕組があるからこそ、それにマッチしない情報や解釈の難しいデータと出会うことで「意外な新発見」にもつながるだろう。毎回、その場しのぎの情報収集と分析を繰り返していたのでは、何が新しい発見で、何がいつも通りなのか、その判断すらおぼつかない。

(2)部門を越えた情報共有と活用
  顧客満足が高まらない、新サービスや製品の開発が上手くいかない、それらの責任を特定の部署だけに帰することができるだろうか?多くの場合、その答えは「否」だろう。営業を担当する部門が顧客ニーズをどんなに正確に把握していても、サービスや製品を開発する部門がそれに対応しなければ顧客満足は高まりにくい。あるいは開発部門がどんなに優れた技術を持っていても、その特長を営業部門が理解していなければ、その技術によって満たせる可能性のある顧客ニーズに関する情報収集や分析は進みにくいだろう。つまり、市場志向を実現するには、市場情報の収集と分析を担う部門だけが努力すれば良いのではなく、部門間での情報共有とその活用が必要という訳だ。
  部門間の不仲や対立はなく、互いに協力する意思があり、同じ物事を見ていても、情報共有と活用は簡単ではない。それまでのキャリアで積み重ねてきた物の見方や考え方によって、ある事象から導き出される意味や結論は一致しないことが珍しくないからだ。そのギャップを克服するために、やはり組織として相応の仕組を持っておく必要がある。
  そのような仕組の一例として、積水ハウス「納得工房」がある(嶋口他、2008)。納得工房は、雰囲気の異なる複数の居室空間や使い勝手の異なる様々なタイプのキッチン空間など、顧客のリクエストに応じてアレンジされた「ほぼ実物」の家を体験してもらい、そこで営業担当者や開発担当の研究者と対話できる施設となっている。通常であれば、営業担当者個人の中だけに留まりがちな、あるいは営業担当者を通じてしか遣り取りできないような顧客ニーズに技術者も触れ、理解を深めることができる。また営業担当者も、通常は研究部門に留まりがちな、顧客ニーズに対応できる技術に関して理解を深めることができる。このような対話を通じた情報共有によって、営業担当者は顧客ニーズに対応した住宅部材や設計の提案が可能となり、また研究者は顧客ニーズを理解した上で部材開発や設計開発が可能となる。
  この事例から学びたいことは、市場に関する「使える情報」を共有、活用するために、部門間のコミュニケーションを促進する具体的な仕組の必要性だ。バック・グラウンドの異なる職能部門間では、物の見方や考え方が異なるために情報共有やその利用が、自然と促進されるのは難しいからだ。部門間の接点を増やす方法だけでなく、技術部門のキャリアを持つマーケティング・マネージャーを置いて、マーケティング部門と技術部門の間のギャップを架橋するような方法も有効だ(川上,2005)。

2.市場志向の効果

  Kirca, Jayachandran and Bearden(2005)は、市場志向が主に以下の4つの成果を高めることを明らかにした。それらは、組織成果、顧客成果、イノベーション成果、従業員成果である(図2参照)。
  組織成果が高まるのは、市場志向であるほど企業は市場の動向に敏感になり、かつ顧客との結びつきも強くなるからだと考えられている。
  顧客成果については、次のように説明される。市場志向の企業は、顧客ニーズ理解とその充足に対する姿勢を強めることで、顧客満足とロイヤルティが高まる。また顧客ニーズ理解と充足の重視は、顧客価値の創出と維持に役立つことから、顧客が知覚する品質が高まる。
  イノベーションに関する成果が高まるのは、市場志向であることは情報活用を活発にし、顧客ニーズを満たすための継続的かつ先進的な姿勢を企業に持たせるからだと考えられている。
  従業員成果については、市場志向の組織では、競合や顧客ニーズへの対応に注力する組織の従業員であるという誇りと仲間意識が浸透することで、組織コミットメント、チーム精神、顧客志向、職務満足が高まるとしている。また競合や顧客ニーズへの対応重視という規範が明確になることで、組織において自身が期待される役割に対する認識も明確になり、役割コンフリクトを軽減すると考えられている。
  なお、日本の企業を対象とした研究や調査においても、市場志向と経営成果の関係が示されている。例えば、一部・二部の上場企業を対象とした水越(2006)においては、市場志向は営業利益伸び率、売上高に占める新製品の割合、新製品の成功割合を高めることが確認されている。また筆者が2015年3月に実施した、アパレル業、食品製造業、農業など、中小の非上場企業を対象に多数含む調査においても、市場志向は組織成果(事業の市場シェアや売上高などの市場成果、利益やROIなどの収益性)を高めることを確認している。

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3.サプライチェーンにおける市場志向

  市場志向が及ぼす影響は単独企業内だけに留まらない。ある企業が市場志向かどうかは、取引先の市場志向の程度や取引先との関係性、さらにはSCMにも影響を及ぼすことが明らかにされている。

(1)サプライヤーの市場志向は川下企業に影響を与える
  サプライヤーの市場志向が高いほど、川下の流通企業の市場志向および当該サプライヤーとの関係に対するコミットメントが高まることが確認されている(Siguaw, Simpson & Baker, 1986)。
  サプライヤーのパワーが強い場合、サプライヤーが持つ規範に一致する行動を、川下の流通企業に採用させやすくなる。川下企業は、より高い報酬と利益をサプライヤーから得ようとして、サプライヤーの行動規範に一致した行動を取ろうとするからだ。またサプライヤーと川下の流通企業の関係が対等な場合、川下の流通企業は自社の行動を評価するためのベンチマークとして、サプライヤーの行動や態度を利用しがちとなり、両者の行動は近づいていく。これらのことから、サプライヤーが市場志向であるほど、川下の流通企業も市場志向になると考えられる。
  川下の流通企業は、サプライヤーにとっては、顧客でもある。そのため、市場志向のサプライヤーは、川下の流通企業のニーズを満たすために、多くの経営資源を投入する。サプライヤーから自社のために多くの経営資源が投入される取引関係は、川下の流通企業にとってはメリットであるため、その関係を維持しようとすることで、コミットメントが高まる。
  以上をSCMの文脈で理解すると、少なくとも2つ重要な示唆がある。一つは、自社が市場志向であることで、エンドユーザーの満足度に影響を及ぼす可能性だ。自社が市場志向であることで、より川下に位置する企業が次々に市場志向になる連鎖が働けば、直接働きかけることが困難な最終顧客であっても間接的に満足度を高められる可能性がある。もう一つは、競争的環境におけるSCMの関係維持の可能性だ。競争的環境においては、川下に位置する企業はより有利な条件を求めて、サプライヤーをスイッチしようとする動機が働きがちとなる。しかし、サプライヤーが市場志向を高めることで、川下企業を現在のSCMの関係にコミットさせられる可能性がある。つまり、サプライヤーが市場志向であることは、最終顧客やサプライチェーンのメンバー企業など、直接的なコントロールが難しい相手に対して、間接的に影響を及ぼす手段となりうるのだ。

(2)市場志向が高いとSCMが上手くいく
  サプライチェーンに参加する企業の市場志向が高いと、SCMも活発になり、企業成果が高まることが、Min, Mentzer and Ladd (2007)によって確認されている。ただし、市場志向がダイレクトにSCMを活発にするのではなく、社内の「サプライチェーン志向」を高め、それがさらにSCMを活性化させると言う(図3参照)。
  「サプライチェーン志向」とは、SCMを機能させるために単独の企業内で開発・維持される行動であり、サプライチェーンのメンバーから信頼されるような行動(メンバーとの約束の確実な実行、善意に基づく行動など)、メンバー企業との関係へのコミットメントの高さや互恵的な規範の保有、トップ・マネジメントのサポートなどが含まれる。これに対してSCMは、ビジョンや目的の合意、情報共有、リスクと報酬の共有、プロセス統合、関係性の管理、リーダーシップに関する合意形成など、異なる機能を有する企業が全体として機能することを目的に、企業間で展開される行動であるとされる。SCMが機能するためには、まず企業内でサプライチェーン志向が高いことが必要ということだ。
  市場志向がサプライチェーン志向を高めるのは、市場に関する知識の生成や活用をするほど、メンバー企業の技術や知識を理解し活用しようとするため、メンバー企業との関係へのコミットメントやトップ・マネジメントのサポート、メンバーから信頼されるような行動の選択が高まると考えられるからだ。
  Min et al. (2007) から学びたいことは、SCMを効果的に行い企業成果を高めるためには、調達や物流を担当する部門だけでなく、社内のあらゆる部門の参加によって、市場志向とサプライチェーン志向を高める必要があることだ。同研究では、市場志向によって高められたサプライチェーン志向が企業成果を高める効果が大きいこと、市場志向がサプライチェーン志向を高め、そのことがSCMを活発にし、企業成果を高める効果があることが確認されている(図3参照)。いずれも、市場志向とサプライチェーン志向を高めることが、SCMと企業成果を高めることを示すものであり、SCMだけに注力していては不十分であることを意味している。また市場志向やサプライチェーン志向は、社内の特定部門だけではなく、全社的な行動を必要とするものであり、あらゆる部門の参加が求められるのだ。

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まとめ

  市場志向を高める、つまりマーケティング意思決定に利用できる「使える情報」を生み出し、組織として共有、活用できる仕組をもつことで、経営成果を高めることが期待できる。しかもそれは、直接的にはコントロールの難しいSCMメンバーを間接的にコントロールする手段になる可能性があるだけでなく、SCMを機能させる上で必要不可欠な要素とみなせる。市場志向の視点から、自社の業務を再確認されてみてはいかがだろうか。

以上


【参考文献リスト】
  • 猪口純路(2012)「市場志向研究の現状と課題」、『季刊マーケティングジャーナル』、Vol.31、No.3、pp.119-131.
  • Inoguchi, Junji (2011), “Implementation of Market Orientation in Small Sized Company:  Case Study on a Japanese Apparel Manufacturer,” International Journal of Emerging Sciences, Vol. 1, No. 3, pp.200-210
  • 川上智子(2005)『顧客志向の新製品開発-マーケティングと技術のインターフェイス-』、有斐閣
  • Kirca, H. A., S. Jayachandran and W. O. Bearden (2005),“Market Orientation: A Meta-Analytic Review and Assessment of Its Antecedents and Impact on Performance,” Journal of Marketing, Vol.69, pp.24-41.
  • Kohli, K. A. and B. J. Jaworski (1990),“Market Orientation:The Construct, Research Propositions, and Managerial Implications,” Journal of Marketing, Vol. 54, pp.1-18.
  • Min, S., J. T. Mentzer and R. T. Ladd (2007), “A market orientation in supply chain management,” Journal of the Academy of Marketing Science, Vol.35, No.4, pp. 507-522.
  • 水越康介(2006)「市場志向に関する諸研究と日本における市場志向と企業成果の関係」、『季刊マーケティングジャーナル』、Vol.26、No.1、 pp.40-55.
  • Siguaw, A. J., P.M. Simpson and T.L. Baker (1998) “Effects of Supplier Market Orientation on Distributor Market Orientation and the Channel Relationship: The Distributor Perspective,” Journal of Marketing, Vol.62, pp.99-111.
  • 嶋口充輝・石井淳蔵・黒岩健一郎・水越康介(2008)『マーケティング優良企業の条件-創造的適応への挑戦-』、日本経済新聞出版社


(C)2015 Junji Inoguchi & Sakata Warehouse, Inc.


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