ロジスティクス・レビュー

第312号 小売業における商品開発の課題と可能性 (2015年3月17日発行)

執筆者 清水 信年
(流通科学大学 商学部 教授)
    執筆者略歴 ▼

  • プロフィール

      神戸大学経営学部卒業、同大学院経営学研究科博士課程修了、博士(商学)。奈良大学社会学部専任講師、流通科学大学商学部専任講師・准教授を経て2011年より現職。また同年から、小売業での人材育成を目的として新設された商学部リテールマネジメントコース長を務める。専門はマーケティング論、製品開発論、リテール・マネジメント論。

目次

1.小売業の独自商品展開

小売企業間の競争において、プライベート・ブランド(PB)商品や独自商品の展開が重要になっている。ダイエーをはじめとするスーパーマーケットの登場以降、日本の流通業における過去半世紀近くの歴史において、PB開発が大きな盛り上がりを見せたことは何度かあったが、かつてのように大手メーカーのナショナル・ブランド(NB)と比較して値段が安いという点(だけ)が評価されるのではなく、品質の良さやプレミア感を感じさせる魅力を持つ小売企業オリジナルのPBや独自商品も増えている。

そうした商品の開発が増えている状況に関して、まず言及されるのはメーカーに対する小売企業のバイイング・パワー(購買力)やバーゲニング・パワー(交渉力)が、どんどん大きくなっているという点だろう。イオングループやセブン&アイをはじめとして、小売業の各分野で巨大グループの寡占化が進んでいるように見える。メーカー側としては、そうした大きな販売力を持つ小売企業から商品開発・生産への協力要請があれば、それを断ることによる様々なデメリットが生じる。そもそも、生産ロットを確保できる規模の発注量がなければ生産受託は難しい。近年の、とくにPBの拡充に関連して必ず触れられるのは、そうした小売企業の事業規模拡大が大きな要因であるという点である。

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しかし、このような点だけに注目していては見落としてしまう、重要な問題がある。そうして生み出される商品が、果たして買い物客にとって魅力的なものなのかという問題である。他チェーンとの差別化や利益率の向上が期待できるという小売側の狙い、あるいは、有力小売チェーンとの取引確保や生産設備の稼働率向上、プロモーション費用の削減といったメーカー側の狙い。それらは、企業側の意図・思惑ではあったとしても、魅力的な商品を開発するための戦略であるとは言えないだろう。

2.製品の競争と事業システムの競争

この点について、私の専門分野であるマーケティングやイノベーションに関する研究の観点から、小売企業のPBや独自商品の展開について議論したい点が3つある。まず、「事業システム」の重要性である。

自ら生産設備を持たない小売企業がPBや独自商品を開発・生産するためには、メーカーをはじめとする他企業との関係を築くことが不可欠である(上原 [1999] 、加藤・崔 [2009] )。企業同士の関係は、短期的な市場取引をベースにした関係と、長期的な協力関係や提携・資本参加をベースとした関係とに大きく分けることができるが、魅力的なPBや独自商品を展開するためにはこの後者のタイプの企業間関係を構築できていることが重要になる、ということがここで強調したい点である。

その根拠となるのが、近年の技術進化や市場環境の大きな変化のなかで、「製品による差別化」ではなく「事業システムによる差別化」が重要になっている、という主張である(加護野・井上 [2004]、野中・徳岡 [2012] )。製品による差別化とは、製品そのものの魅力によってライバルとの差別化を図るものである。これは、なぜその製品が多くの顧客に支持されたのかということが判りやすいし、華々しいニュースになるのでよく目立つ。しかし、その製品をライバルが模倣することも技術的には容易になってきているので、成功の持続時間は短く当該企業が大きな利益を享受することが難しい。

一方、事業システムによる差別化は、そうした魅力的な製品も含めた顧客にとっての価値を提供するための、事業の仕組み全体によってライバルとの差別化を図るものである。自社内あるいは関係企業間で構築された事業の仕組みは、ライバルからは観察しにくいし、仮に成功要因が明らかになったとしても、各企業における経営資源の違いなどから模倣をすることは容易でない。

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セブン&アイ・グループのチームMDや有力ベンダーとの協力関係、ヤオコーやバローといった商品開発に定評のある食品スーパーが持つ強みは、以上のような事業の仕組みによる差別化という観点で理解ができるだろう。逆に、案件ごとに委託先を変えたり単発の取引をしたりするやり方は、製品ごとの魅力にのみ目を向けているという点で、現在の厳しい小売競争を乗り切るには限界があるやり方だと言える。

3.小売業の持つ顧客情報の活用能力

顧客情報をいかに活用できるか、という点も小売企業がPBや独自商品で優位性を築くためのポイントである。近年、そうした商品を、無名のメーカーではなく有力NBメーカーが供給する例が増えているが、これを単に大手小売企業に対するNBメーカーの弱体化であると理解するのは十分ではない。

神戸大学の小川教授の研究によると、特定のコンビニ・チェーンが展開する専用商品の開発を受け入れるNBメーカーは、大きな販売量の実現や店頭の棚の確保といった点だけでなく、コンビニ側からもたらされる商品の販売情報を自社NBの開発や新規ニーズの発見に活用したり、全販路での取り扱いを前提としたNBでは展開しにくいような新規性の高い仕様の製品開発にチャレンジできたり、ということを意図していることが示されている(小川 [2006] )。

言い方を変えると、小売企業が有力メーカーとの協力関係から魅力的なPBや独自商品の開発成果を引き出すためには、自店を利用する顧客の購買情報や周辺の関連情報が大きな武器になるということである。消費者と直に接する小売業の、本来持っている強みがいま改めて重要性を増しているのだとも言えるだろう。

ちなみに、PBが日本よりもはるかに普及しているとされるヨーロッパ諸国だが、欧州の小売企業がPB展開を得意とする要素をもともと持っていたとか、消費者が小売企業のブランドを好む傾向があったということではないようだ。多くの小売企業が、販売時点で得られる取引データにもとづき顧客の需要を正確に理解するよう努め、それを自ら製品仕様の企画や魅力的なブランド構築、店頭での棚割りやプロモーションなどに反映させるといった経験を蓄積してきた結果、1980年代半ばごろから多くの消費者がメーカーのブランド品と同等のものとして受容するようになってきた、ということを小売業研究の泰斗である英国・スターリング大学のジョン・ドーソン教授が紹介している(ドーソン [2013] )。

近年の日本においても、たとえば厳しい競争環境にある北海道で、コープさっぽろとアークスとの間でそうした情報をメーカーに開示することを巡ってのかけひきという、新しい次元での競争が始まっていることが小樽商科大学の近藤教授による研究で示されている(近藤 [2010, 2012])。九州を地盤に成長するサンキュードラッグ、山梨県で圧倒的シェアを占める食品スーパーのオギノなど、店舗での販売情報を取引先とともに活用することに積極的な小売企業も増えているようだ( 中川・守口 [2012]、金 [2012, 2013] )

4.消費者との共同商品開発の可能性

店頭での販売情報などを通じて顧客の理解を深め、魅力的な商品開発につなげることの重要性を述べたわけだが、そこからさらに進んで、企業が消費者と共同で商品開発を行なうという新しい取り組みの可能性について、最後に触れたい。

顧客ニーズを理解するために、いわゆる市場調査が多く行われている。その具体的な手法としては、アンケート調査やインタビュー調査、近年では顧客観察などを含めた質的調査法といったものが開発・実践されているが、それぞれの調査手法には長短があるし、そもそも顧客を、市場調査をすればそのニーズが完全に把握できるというような単純な存在と考えるのも、間違っているだろう。しかし、それでも多くの企業は、少しでもその理解のために様々な調査を組み合わせ、開発メンバーが議論を重ねて顧客ニーズを探ろうと努める。

そうした取り組みの大前提として、新しい技術や商品といったものを生みだすのは、その作り手である企業側であるという一般的な考え方があるだろう。ところが、実際にはその商品の使い手であるユーザーが、そうしたイノベーションを創出するきっかけになっている例もとても多い、ということが発見されてきた。これが「ユーザー・イノベーション」(以下、UIと略す)と呼ばれるもので、商品開発研究でも最先端のテーマの一つである。当分野のパイオニアである、米国・マサチューセッツ工科大学のエリック・フォン・ヒッペル教授は、様々な分野でユーザー自身がイノベーションを担うことが決して珍しいものではないということを示している( フォン・ヒッペル [2005] )。

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神戸大学の小川教授が、ヒッペル教授らと共同で行なった日米英の比較研究においては、日本でも少なからぬ数の消費者がUIを実践していることが明らかにされている。試算では、日本企業で働く係長・主任レベルの会社員の総数に匹敵する390万人の消費者がすでにUIの経験を持っているとされ、その領域も決して趣味性の高いマニアックな分野だけでなく、住居関連や乗り物関連など多様な商品カテゴリーにわたっているということも明らかとなった( 小川 [2013] )。

魅力的な新商品を生みだす新たな源泉として、UIをビジネスに活用することの意義は大きいと言える。だたし、実際にはまだ取り組み事例が限られたものにとどまるのも現実である。素人である消費者のニーズをプロ集団である企業側の開発メンバーの認識とマッチングさせることは容易ではないし、少数の顧客による需要量と大量生産を前提とした企業活動による供給量とをマッチングさせることも難しい。

筆者は、ここに小売業が大きな役割を果たす可能性があるのではないかと考えている。消費者と直に触れるビジネス経験の蓄積から、商品の作り手の事情と買い手のニーズとをマッチングさせる知恵がもたらされる期待ができるし、何より消費者と商品との出合いを演出する店舗という場を持っていることが大きい。実際に、日本におけるUIの成功例として紹介されることが多い企業事例としては、無印良品やローソン、通販大手のフェリシモなど小売企業が多い一方で、消費者と共同で企画した商品の販路確保で苦労し商品化が実現しなかったという事例も数多いのである。

まだ実践面でも研究面でも発展途上の分野ではあるが、イノベーションの新しい源泉として注目されるUIを積極的に活用し、魅力的な独自商品を生み出す小売企業が増えることを期待している。

以上


【参考文献】
  • 上原征彦 [1999] 『マーケティング戦略論 : 実践パラダイムの再構築』 有斐閣。
  • 大野尚弘 [2013] 「有力メーカーがPB生産を受託するのはなぜか」 『金沢学院大学紀要 経営・経済・情報科学・自然科学編」 第11号、1-9頁。
  • 小川進 [2006] 『競争的共創論―革新参加社会の到来』 白桃書房。
  • 小川進 [2013] 『ユーザーイノベーション ―消費者から始まるものづくりの未来』 東洋経済新報社。
  • 加護野忠男・井上達彦 [2004] 『事業システム戦略』 有斐閣。
  • 加藤 司・崔 相鐵 [2009] 「進化する日本の流通システム」 『シリーズ流通体系 2 流通チャネルの再編』 第1章、中央経済社。
  • 金 雲鎬 [2012] 「顧客情報の活用」 (清水信年・坂田隆文編著 『1からのリテール・マネジメント』 碩学舎、173-187頁。
  • 金 雲鎬 [2013] 「小売企業のCRM活動と需要管理能力」 『流通情報』 第500号、4-12頁。
  • 近藤公彦 [2010] 「POS情報開示によるチャネル・パートナーシップの構築 ―コープさっぽろのケース―」 『流通研究』 第12号第4巻、3-16頁。
  • 近藤公彦 [2012] 「POS情報開示が生み出す協調と競争」 『Business Insight』第19巻第4号、4-7頁。
  • 近藤公彦 [2013] 「小売業における価値共創 ~経験価値のマネジメント~」 『マーケティング・ジャーナル』 128号、50-62頁。
  • 清水信年 [2012] 「リード・ユーザー法」 (西川英彦・廣田章光編著 『1からの商品企画』 碩学舎、第4章。)
  • 清水信年 [2013] 「商品開発 事業システムの差別化と顧客情報の活用が鍵を握る」『販売革新』2月号、34-35頁。
  • 清水信年 [2014] 「消費者によるユーザー・イノベーションの可能性」『季刊 ひょうご経済』No.124、6-9頁。
  • ドーソン、ジョン [2013] 「食品小売業の持続的競争優位性基盤としてのイノベーション ~欧州の観点から~」 『マーケティング・ジャーナル』 128号、5-21頁。
  • 中川宏道・守口剛 [2012] 「日本の小売企業における協働MDの革新性 : サンキュードラッグ潜在需要発掘研究会の事例を通じて」 『マーケティング・ジャーナル』 Vol.32、No.2、97-120頁。
  • 西川英彦 [2011] 「ユーザー・イノベーション」 『一橋ビジネスレビュー』 Winter、122-123頁。
  • 野中郁次郎・徳岡晃一郎 [2012] 『ビジネスモデル・イノベーション』 東洋経済新報社。
  • フォン・ヒッペル、エリック (2005) 『民主化するイノベーションの時代』 (サイコム・インターナショナル監訳、ファーストプレス、2006年)。


(C)2015 Nobutoshi Shimizu & Sakata Warehouse, Inc.


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