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物流システム

第229号物流施設の耐震診断・耐震改修(2011年10月06日発行)

執筆者 久保 章
(久保総合技術研究所)

 執筆者略歴 ▼
  • 略歴
    • 1947年2月生まれ
    • 1971年3月 早稲田大学大学院 理工学研究科建設工学専攻 修士
    • 1971年4月 株式会社 大林組入社 東京本社建築本部設計部 構造担当 配属
    • 1994年3月 本店エンジニアリング部 物流担当 異動
    • 2007年2月 株式会社 大林組 定年退職
    • 2007年3月 久保総合技術研究所(建築設計、耐震診断、物流システム) 創設
    • 2008年4月 大阪産業大学 経営学部流通学科非常勤講師
    • 2009年4月 財団法人 日本建築総合試験所 構造判定センター構造計算適合性外部判定員
    • 2009年6月 一級建築士事務所 久保総合技術研究所(建築設計、耐震診断、物流システム) 改名
    • 2009年9月 日本ERI株式会社 耐震判定委員会(関西地区)非常勤委員
    所属
    • 日本建築学会
    • 日本物流学会
    • 日本建築構造技術者協会
    • 日本ロジスティクス研究会(旧物流技術管理士会)
    資格
    • 一級建築士
    • 構造設計一級建築士
    • 構造計算適合性判定員
    • JSCA建築構造士/li>
    • 物流技術管理士
    • 監理技術者

 

目次


 

1.まえがき

  2011年3月の東日本大震災では、地震による建物の全壊や半壊の被害件数が、マグニチ ュード9.0にしては、多くなかったのでよかったが、沿岸部における物流施設や住宅など が地震と津波で壊滅的に破壊され、想像を絶する大惨事である。元号が平成になってか ら1993年(平成5年)7月の北海道南西沖地震での奥尻島の津波、2005年12月のスマトラ 島沖地震のインド洋沿岸の津波被害で、改めて津波被害の恐ろしさを知ったが、今回の 津波は、建築構造設計者には衝撃的であった。
自然災害が発生するたびに、物流ネットワークやサプライチェーンが寸断され、甚大 な被害を受けている。自然災害を予測し未然に予防することは、非常に困難であり、近 年地球環境が変化しており不可能に近い。自然災害については、あってはならないとい う認識ではなくて、自然災害の存在を認識し、その大きさを事前評価し、最小化する予 防システムや万一を想定した行動規範を作っておくことが重要である。そのためにも物 流施設の耐震診断・耐震改修の必要性について述べる。
今回の被害報告については、建築学会・物流学会等の各種学会から更に業界からの緊 急報告会が開催され始め、ホームページにも一部内容が掲載されているのでここでは述 べない。
本内容は、津波による被害が甚大なので津波の設計について、2007年の建築基準法改 正、新築時の設計方法の考え方、耐震診断と耐震改修、設計図書の整備、委員会の評価 及び耐震補強等についてである。

2.津波の設計基準

  津波の設計方法は、2004年(平成16年)11月に「津波に対する構造設計法について」 が案として日本建築センターの機関誌で、2005年6月「津波避難ビル等に係るガイドライ ン」が内閣府(防災担当)から公表された程度であった。これまでの津波対策は、防波 堤の整備など土木分野での対策が主であり、民間の建築分野に於いては殆ど検討されてい ないのが実状であった。
津波避難ビルは防災施設、市営住宅、学校施設等を中心に、2010年3月時点で、全国で 1790棟指定されていた。概ね妥当であったが、津波の想定高さが低かったために一部の 津波避難ビルでは被害が発生した。今後津波の想定高さと設計基準は確実に一部見直し がなされる。

3.2007年の建築基準法改正

  2005年(平成17年)11月耐震強度偽装事件に端を発して、建築基準法が改正され2007 年6月20日に施行された。設計審査に於いては、構造計算適合性判定制度が導入され、構 造計算適合性判定員(適判員という)は、建築確認が申請された建築物の構造計算の妥 当性について、構造計算適合性判定を担うこととされた。設計に於いては、2009年5月27 日より構造設計一級建築士/設備設計一級建築士による設計への関与の義務づけがスタ ートした。構造設計一級建築士/設備設計一級建築士となるためには、一級建築士として 5年以上構造設計/設備設計に従事した後、講習(講義を受け・修了考査)を終了するこ とが必要である。物流施設だと鉄骨造が多いので、構造設計一級建築士は、鉄骨造の場 合で、階数が4以上、階数が3以下で高さ13m超又は軒高9m超等の建築物、設備設計一級建 築士の場合は、階数が3以上かつ床面積5,000㎡超の建築物について、設計への関与が義 務づけられた。参考までに2010年度末で、一級建築士は約34.3万人、構造設計一級建築 士は約8,500人、構造計算適合性判定員候補者名簿に登録されている方は約2,250人、設 備設計一級建築士は約4,000人です。

4.新築時の設計方法の考え方

  施設を新築する場合の設計方法は、柱や梁の強度、粘り強さ(塑性域に入ってから強 度を保ちながら変形する能力)を高め、施設自体を揺れに強くする新耐震設計法で行わ れている。
新耐震設計法で目標とする耐震性能は、使用期間中に数度は遭遇する程度の地震(中 地震動-概ね震度5強以下)に対して施設の機能を保持すること、また使用期間中に一度 遭遇するかもしれない程度の地震(大地震動-概ね震度6弱以上)に対して、施設の柱・ 梁・筋違材に損傷が生じても、最終的に崩壊からの人命の保護を図ることとされている。
耐震構造では、大地震に遭遇した時に、施設が崩壊しないような設計をしているが、 施設に被害が生じることを許容していることになる。施設が保有している機能の停止も 同時に許容される。
一方、地震力を低減する方法として、免震、制震設計法がある。免震は、積層ゴムを 設置した免震層で集中的に地震動のエネルギーを吸収し、大地震による地面の激しく速 い揺れを、建築物にはゆっくりした大きな揺れに変えるように制御をするシステムです 。施設全体を基礎からまたは途中の階から上部を免震する場合と、ある特定の階(例 えば美術品保管・展示室)だけの免震がある。免震建物の場合は、維持管理は重要で、 専門技術者による定期的な点検・検査が必要で点検費用もかかる。
制震は、免震と同じように施設の制御を行う構造システムで、高層ビルに採用されて いる。建物の柱や壁に揺れのエネルギ-を吸収する装置(鋼材ダンパーなど)を取り付 け、揺れを抑えたり、振り子のような構造を組み込み、揺れのエネルギーを減らす工夫 等色々と考案されている。制震構造の場合も維持管理は必要であるが、免震構造よりも 点検費用は少額である。
免震及び制震施設は、建設地盤が軟弱地盤か固い地盤か、施設の構造(固有周期)と も関連があるため、国土交通省告示で決められた方法による地震波形やサイトにおける 模擬地震波形など3波形以上を選定し、安全性を確かめることになっている。
耐震設計上は、部分崩壊は、やむを得ないと判断しているが、一般市民の方は少しで もひび割れや壊れたら困るといわれるが、現行の建築基準法で耐震設計する限り無理で す。理由は、最大級の地震動の力が作用した時に塑性設計(外力で変形させた後、外力 を除いても残留変形が残る状態までを考慮した設計)で耐えるようにしているからで す。被害がないようにするには、コストが若干高くなるが、免震建物にするしか方法が 無いです。制震建物はある程度の揺れが生じ、若干の被害が生じることを前提に考えて いる。

5.既存施設の耐震診断と耐震改修

  耐震診断とは、既存施設を対象に、地震に対する安全性を評価することであり、耐震改 修とは,地震に対する安全性の向上を目的として、増築、改築、修繕若しくは模様替え又 は敷地の整備(敷地の安全性を確保するために行う擁壁の設置等の措置)をすることを いう。
建築物の耐震改修の促進に関する法律が、改正され2006年(平成18年)1月26日に施行 された。耐震診断は、施設が、1981年6月以降に確認申請済か否かが重要で、それ以前の 建物は耐震診断を行って判定指標値を満足しているか否かを検証した方が望ましい。6月 以降確認申請手続きされた建物は、耐震診断基準をほぼ満足しているので、原則として 耐震診断をする必要はない。
耐震診断の基準は、施設の用途によって違うが、(財)日本建築防災協会や文部科学 省などが決めている方法があり、使用中の施設を調査し、計算によって判定指標値を満足 しているか否かを調べる。
ところで、使用中の施設の現地調査には困難なことが多い。例えば、柱梁の取り合い 部は重要で、建物調査を必ずする必要がある。調査するには、耐火被覆や仕上げ材を取 り払わないとできない。耐火被覆材にアスベストが使用されている場合には公害の問題 がある。配送センターの場合は、ほぼ休日がないので、閑散時間や閑散期に限られる。

6.設計図書の整備

  施設調査する前に、確認申請図書等が保管されているか否かが重要で、設計図書が紛 失していたら、設計図面を再現しなければならず、大変な作業、費用及び日数がかかる。
確認申請図書といえば、構造計算書も含まれるが、実態は構造計算書の頁数が多いた め別冊になっている場合が多く、それゆえ紛失してしまっている場合が多い。構造図面 だけでも保管されていれば、仕上げ材をはつってまで調査する必要はない。天井に点検 口が付いていればよい。また鉄骨骨組を数箇所調査すれば大体の物流施設の構造レベル が分かる。
物流施設の所有者は、確認申請図書副本、検査済証、構造計算書、地盤調査報告書が、 保管されているか否かを、確認をして頂きたい。特に検査済証がない場合は違反施設の 可能性が高いです。また物流施設を売買される場合は、買主に必ず上記書類を渡して欲 しい。後日、施設を大幅に増改築する場合も上記書類がないと、作業が大変であるし、 行政の許可が下りない可能性がある。

7.耐震判定委員会の評価

  耐震判定委員会の評価が必要な場合は、行政へ補助金申請する場合であるが、物流施 設や配送センター等では補助金が出ないので、委員会の審査を受ける必要がない。施主 が特に第三者の評価を希望しない限り必要ない。補助金申請する場合は、必ず詳細な施 設調査をしないと委員会で評価されない。行政が耐震診断するように呼びかけても民間 では診断・評価を受ける物件は少ない。筆者は民間の場合は、其処までする必要がない と判断している。使用している物流施設が、どのレベルまで安全であるかを知ることが 重要であり、もし危険な場合は補強をしなければいけない。
災害時重要拠点施設や避難施設として利用される学校や官庁施設では耐震診断を行い 判定指標値以下である場合は、耐震補強設計し補助金申請をしている。民間の建物でも 政令で定める建物についても耐震診断助成を行っている。特に幹線道路に面した民間マ ンションや個人の住宅、商業施設等に対しては、耐震診断費用の補助をするので耐震診 断を進めるように行政が指導しているが、中々進んでいないのが実態である。
筆者は、委員会による評価のお墨付きが必要か否かを必ず確認して判断している。官 庁施設などは評価が必要かもしれないが、民間施設の場合は、其処までする必要がない と判断している。現在の委員会制度は本当に良いのだろうか苦悩している。評価されて も地震で損傷した場合は保証されることはない。もっと簡便な方法があってもよいので はないかと思う。

8.耐震改修・補強方法

  耐震改修補強設計に於いては、災害後の施設利用計画を踏まえ、補強後の施設に必要 な目標性能を設定する。補強目標の設定に於いては、採用する補強工法の施工難易度や 補強効果の予想される評価精度等も適切に考慮する。物流施設の中でも特に重要な物流 拠点の場合には、重要度係数を高めに設定している。
費用的にも大きな負担を強いるが、それ以前に補強方法をどこにどういう補強をすべ きかが大きな問題である。基本的には強度を増すか、粘りを増すか、あるいは双方を狙 うかである。(財)日本建築防災協会が提案している方法などがある。物流施設を稼働 しながらの補強工事になるので、補強方法の選定には新築工事の設計にはない工夫を要求 される。
筆者は、25年余り前に1965年(昭和40年)竣工の建物の耐震診断・改修した。施主の 言われるままに検討すると診断の判定指標値が低過ぎて全く駄目な建物であった。1階と 2階に耐震壁を増設するか柱を補強させて欲しいと要望したが、殆ど認められず困った が、計算外に専門用語でいう鉄筋コンクリート造の非構造壁(構造設計上耐力として認 められない壁のこと。)を新設した。委員会では確実に評価されない壁であった。通常 ならば乾式のパネルで壁を設ける壁であった。それでも1階、2階は安全である判定指標 値の半分余りしかなかった。阪神淡路大震災のとき、この建物の回りの建物はほぼ全滅 したが、この建物は半壊に近い状態であったが、層崩壊を免れ、一部宿泊施設としても 使われていたが大きな怪我人も出なかった。新設した非構造壁にも大きな亀裂が入って いた。計算外であったがこの壁が守ってくれたと確信した。現在も、この方法は耐震改 修設計指針では認められない。もっと簡単に補強ができないか、新しい補強方法の開発 が大きな課題である。
参考までに耐震性の改善方法を表-1に示す。

表-1 既存物流施設の耐震性の改善方法(鉄骨造施設の場合)

9.非構造部材や建築設備

  非構造部材とは、構造耐力に寄与しない部材のことで、ALCパネル(高温高圧蒸気養生 された軽量気泡コンクリートのパネル)等の乾式外壁及びその仕上げ、建具及びガラ ス、間仕切り及び内装材、天井及び床材、屋根材、造り付けの家具及び事務機器類、外 構その他のことを言う。外壁や天井材が落下して大怪我をする可能性が高い。壁や天井 については、大規模な施設の場合は変形追随するように取り付け方法が決まっている が、古い施設では固定式が多い。非構造部材の耐震設計では、建物の地震時の挙動をと らえている構造技術者と非構造部材の機能と詳細な納まりを熟知している意匠設計者・ 設備設計者との共通認識が違う場合が多いために建物への配慮が欠けている。非構造部 材や建築設備に対して耐震設計指針があるが、正直、構造設計者は、法規で決められて いる部材・機器以外は、意匠設計者・設備設計者から依頼されない限り積極的には関与 をしていない。しかし、自然災害時の避難拠点として利用する場合には非構造部材への 対策も考慮し、目標性能を適切に定める必要がある。

10.耐震診断・耐震改修設計の進め

  耐震診断を促進するために、行政では特定の建築物に対して、耐震診断費用の補助や 税の減額措置を行っているが、耐震診断が進まない理由は、条件が厳しいことや、自己 負担金が大きいし、外観補強方法により、見た目で資産価値が劣ると判断されるからだ と思う。
1981年以前の物流施設は、是非一度耐震診断をし、判定指標値を満足していない場合 は、耐震補強工事をして欲しいです。しかし施主にとっては、耐震改修費用がかかるた め、耐震診断と改修設計だけを行って、改修工事までしない施設もある。施設のどこに 欠陥があるのかを知るだけでも価値があります。耐震診断・改修設計費用は、かかりま すがこの費用は安全・安心のための保険代だと考えて頂き、人命の保護を図る観点から 耐震診断・耐震改修をお薦め致します。

以上


(C)2011 Akira Kubo & Sakata Warehouse, Inc.

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